8-2『Lest time in Jeep』
草風の村の中心部。その一角で展開する需品科の野外厨房。
そこに鍛冶兄と鍛冶妹の兄妹の姿があった。
鍛冶兄「はい、これで少しは足しになるかな?」
需品A「ありがたい、すごく助かるよ」
二人はそれぞれ一つづつ手に提げていた、スープの入った大鍋を差し出す。良い筋肉をした需品科の陸士長が、それを二つまとめて受け取った。
鍛冶兄「みんな戻って来たと聞いたけど、他に何か手伝えることはあるかい?」
需品A「ありがたい。けど、今の所は大丈夫だよ」
鍛冶兄「そっか、また何かあったら言ってくれ」
そう言うと、鍛冶兄達は野外厨房を後にした。
需品C「はぁ~、いいなぁ……異世界のイケメン。みてるだけで目の保養になるわ~」
良い筋肉の陸士長の横で、需品科の女隊員が力の抜けた言葉を吐く。調理作業中の彼女だったが、その手は止まり、健康的に焼けた肌のその顔は緩み、視線は立ち去ってゆく鍛冶兄を未だに追いかけていた。
需品A「コラ、需品C。だらしねぇ顔してないで、手を動かせ手を」
しかしそこで、鍋を受け取った良い筋肉の需品科隊員、需品A士長からそんな言葉を飛んで来た。
需品A「村の人たちの分はそろったが、隊員の分はまだ足りない。それに、明日の朝の分の仕込みもしておかないとならないんだ」
需品C「ぐっへぇ……あと、鍋何個分になるのやら……」
需品Cと呼ばれた女需品科隊員は、緩んでいた顔を固くして歪め、うなだれる。
需品A「愚痴りたい気持ちも分かるが、少しは需品Bを見習ってくれ」
需品C「需品Bを比較にだされても……」
呟きながら需品科の女隊員は、野外厨房の奥側に目をやる。そこでは需品Bと呼ばれたの需品科隊員が、凄まじく早く、しかし正確な動作でスープの具材の下ごしらえを進めていた。
需品C「補給二曹がずっと離れちゃってるのがな~……いくら普通科の経験があるからって、今はここ(需品科)の人なのに」
需品A「ただでさえ現状、数少ない中級陸曹だからな――とにかく、テキパキ作業を進めろ。その補給二曹や隊員達を、腹を空かせたまま次の作戦に送り込むわけにはいかないからな」
需品C「はいは~い、がんばりますよ」
需品Aの言葉に、需品Cは気の抜けた返事で答えた。
鍛冶兄「自衛や隊員Cも帰って来てるらしい。会って行こう」
鍛冶妹「そだね」
一方の鍛冶兄と鍛冶妹はそんな算段を交わしながら、野外厨房を離れて歩き出す。
その二人の後ろには、もう一人分の人影があった。
羊娘「……どうなってんの?」
二人の後ろにあったのは、驚きながら周囲を見渡している、羊の特徴を持つ少女の姿だった。
時系列は夕方まで遡る。
羊娘「久しぶりー。おーい?」
声と共に、ス鍛冶妹ルエイト邸の玄関の扉が開かれる。
戸をくぐり入って来たのは、18~20代ほどと思われる一人の少女。
少女のその身体の特徴は、彼女が普通の人間の少女ではない事を現していた。彼女の腰まで伸びた髪は、白くて柔らかくまるで羊毛のような質感をしている。否、彼女のそれは本当に羊毛だった。首周りも同じく羊毛で覆われ、そして頭からは特徴的な羊の角が一対生えている。
彼女は羊の獣人であった。
羊娘「親方ー?ディコー、鍛冶妹ちゃーん?留守かなぁ?」
遠慮なく家内に押し入った羊娘は、手にしていたバスケットを机に置いて、家内の物色を始める。
羊娘「およ?夕飯の準備中だね。遠くには行ってないかな?」
そして台所の鍋に寝かされているスープを見つけると、呟きながら、その中身を勝手に一口つまんだ。
羊娘「ふむふむ、ディコの味だね。相変わらず適当な作りで上達が見られない」
そんな評価を下す羊娘の背後に影が差す。
羊娘「ふぉっ!?」
そして羊の少女の後頭部が何者かに掴まれ、思い切り前に押された。
鍛冶兄「人の家に勝手に上がり込んで、何してんだお前は」
見れば、鍛冶兄が羊の少女の頭を掴んで、鍋に押し込もうとしていた。
羊娘「みぎゃーッ!?羊肉のスープになっちゃうーッ!」
大鍋に押し込まれかけている羊の少女は、両手をバタバタとさせながらそんな悲鳴を上げる。
やがて羊の少女の頭は解放され、羊の少女は慌てて起き上がった。
羊娘「酷いよディコー!ここまでする事ないじゃん!」
鍛冶兄「勝手に上がり込んだ挙句、勝手に人の家の物に手を付けてた奴には当然の対応だ」
抗議の声を上げる羊の少女に、しかし鍛冶兄は冷たい言葉で言い放った。
鍛冶妹「兄貴、何騒いでんの?あ、羊娘先輩」
騒ぎを聞きつけ台所に現れた鍛冶妹は、羊娘の姿を見て、彼女の名らしき名前を口にした。
羊娘「鍛冶妹ちゃん!暴力的なお兄さんがいじめるよー!」
羊娘と呼ばれた羊の少女は、鍛冶妹に抱き着いてわざとらしく泣き出す。
鍛冶妹「はいはいよしよし。相変わらず兄貴、鍛冶妹先輩には容赦ないね」
鍛冶妹は羊娘の羊毛で覆われた頭をモコモコと撫でながら、しかし羊娘の言葉を本気にはしていない様子で発した。
鍛冶兄「そいつは定期的に叩いておかないと、すぐ好き勝手調子に乗るからな」
羊娘「酷いー!もぉー、せっかくフィルト作って来たのに!」
羊娘は頬を膨らませて言いながら、机の上に置いたバスケットを指し示す。
鍛冶兄「不法侵入の理由にはならん」
羊娘の来訪により騒がしくなった鍛冶邸の台所。
そんな所へ、家の二階に続く階段から、人影が現れた。
狼娘「ん~?」
倦怠感の混じる声を零しながら現れたのは、狼娘だ。
彼女は療養のために鍛冶邸にその身を預けられていた。隊の元よりも負担が少ないだろうと言う陸隊側の配慮と、鍛冶家側の好意によるものだった。
羊娘(ひぇ!?お、狼!)
狼娘が現れ、羊娘はぎょっとする。狼の獣人である彼女に、羊娘は本能的な苦手意識を抱いたようだった。
狼娘「あれ?狼娘さん、どうしたの?何かあった?」
鍛冶兄「すまん、もしかしてうるさかったか?」
狼娘「いや、それは大丈夫……それより、あたしも何か、手伝った方がいいんじゃないかと思って……」
鍛冶兄「うーん。ありがたいけど、〝彼等〟の医者からは安静にさせるよう言われてるからな……」
羊娘(彼等?)
鍛冶兄の発した言葉に含まれた気になる一言に、羊娘は首を傾げる。
狼娘「そっか……」
鍛冶妹「ごめんね」
狼の耳と尻尾をしおらせる狼娘に、鍛冶妹が謝罪の言葉を述べた。
鍛冶兄「俺達は彼等の所に行くけど、申し訳ないが狼娘さんは休んでいてくれ」
言いながら鍛冶兄は、台所に立つ。
鍛冶兄「さて、夜までに間に合うように仕込みをしないと」
羊娘「え?もう出来てるじゃん。まだ作るの?」
鍛冶兄「これは頼まれものなんだ、今からもう一鍋作る――鍛冶妹、手伝ってくれ。夕方中に仕込みを終えて、夜にはもう一度向こうに行けるようにしよう」
鍛冶妹「だね」
鍛冶兄の言葉に答えながら鍛冶妹も台所に立ち、二人は仕込み作業を始める。
羊娘「え、行くってどこに?」
そんな二人の背中を見ながら、羊娘が疑問の声を上げた。
隊員C
時系列は夜に戻る。
一軒の半焼した家屋の横に、ジープベースの小型トラックが停車している。
そしてその傍には、ちょうど今その場に到着したばかりの、隊員Cと隊員Dの姿があった。
隊員C「はぁ、やぁれやれだぜ」
隊員Cは呟きつつ、雨から逃れるように幌が展開された小型トラックの助手席にその身を収めた。
隊員Dは同様に雨を凌ぐため、小型トラックの後部扉を開け放って荷台に腰かける。
隊員Dは、本心であれば誉と鈴暮の遺体に寄り添っていたい所であった。しかし隊員Dも数時間後には新たな作戦に投入される可能性のある身であり、今は休息と準備に時間を割くことが求められた。
隊員C「たっくカスみたいな二時間だったぜ」
助手席のシートに身を預けた隊員Cは、そんな悪態を吐く。
隊員C「よぉ隊員D、大丈夫かよ」
隊員D「あぁ」
隊員C「……聞いといてアレだけどよ、大丈夫な奴の返事じゃねーぞ」
隊員D「あぁ」
隊員C「ダメだこりゃ」
生返事しか返さない隊員Dに、隊員Cは疲れた様子のあきれ声で呟いた。
鍛冶兄「あ、いたいた」
鍛冶妹「おーい」
そこへ別の声が聞こえた。
隊員C「あん?」
隊員Cが視線を動かすと、こちらへ向かって歩いて来る鍛冶兄達の姿があった。鍛冶兄達は雨から逃れるように、小型トラックに隣接する家屋の軒に小走りで駆けこんで来た。
隊員C「んだお前ら、まだこっちに居座ってたのか?」
鍛冶兄「頼まれてたスープを届けに来たんだよ。それと、君等のことがなんか気になってさ」
隊員C「ここは戦闘地域への進出地点に使ってんだ。安全は保障できねぇぞ」
鍛冶兄「今更だよ」
隊員Cの警告に、鍛冶兄は肩を竦めながら返した。
隊員C「ん?そっちは?」
隊員Cはそこで鍛冶兄と鍛冶妹と共にいた、羊娘の姿に気が付いた。
鍛冶兄「あぁ、こいつは羊娘。あまり気にしないでくれ」
羊娘「酷くない?」
鍛冶妹「荒道の町に住んでるあたし達の友達だよ。同じ首都の学校の出身でもあるの」
隊員C「ほーぅ」
羊娘の紹介を大して興味の無いような声で返す隊員C。
鍛冶妹「羊娘先輩、コイツは隊員C。正直失礼なヤツだから気を付けてね」
羊娘「はぁ……」
鍛冶妹「そっちの隊員Dは良い人だけど――ん?」
そこで鍛冶妹は、隊員Dの様子が、今までと違うことに気が付いた。
鍛冶妹「ねぇ隊員C。隊員D、何か元気ないように見えるけど……?」
隊員C「今はそっとしておけ」
鍛冶妹の尋ねる言葉に、しかし隊員Cは詳しく説明する事はせずに、それだけ言った。
支援A「へーい、お待ちどぉだずぇ!」
そこへ、ハイテンションでふざけた調子の声が飛び込んで来た。皆が視線をそちらへ向けると、こちらに向かって歩く支援Aの巨体が嫌でも目に入った。その太い両腕には、それぞれ一つの食缶と複数の飯盒が提げられていた。
支援A「お、なんだ兄ちゃんと妹ちんもこっちに来てたか。入れ違いんなっちまったみてぇだなぁ。おぉ?そっちのカノジョはニューフェイスかぁ?」
隊員C「こいつらのダチだと」
羊娘「ど、ども……」
羊娘は巨体でテンションの高い支援Aに、若干気圧されている様子だった。
鍛冶妹「支援Aは相変わらず元気そうだね」
鍛冶妹が感心ともあきれとも付かない調子で言う。
支援A「ハハァッ!元気印が俺様のキャッチコピーだからなぁッ!」
隊員C「んなもん、今初めて聞いたわ。それよかよぉ、テンションがいつも通りなのは結構だが、とっとと飯にありつかせてくれませんかねぇ?」
支援A「はっはぁ、隊員Cちゃんはお腹空っぽでイライラゲージはマックスかぁ!」
言いながら支援Aは食缶と飯盒の一つを助手席の隊員Cに渡す。受け取った隊員Cは、空いている運転席側にそれを置き、食缶の蓋を開けて、入っていたオタマで中身の味噌汁を掬おうとした。
隊員C「……あぁ?」
しかしそこで隊員Cは怪訝な声を上げた。
隊員C「なんだこのけったいな味噌汁。芋やニンジンはまだしも、腸詰めやキャベツまでぶち込んであっぞ」
支援A「あぁ、そいつのベースはこの村の人々向けのスープだ。俺等の分にだけ味噌をぶち込んだ、応急味噌汁らしいぜぇ」
二人の言う通り、食缶には元はスープ――というよりもポトフに似せた料理に、ブイヨンの代わりに味噌を溶いた物がなみなみと入っていた。
隊員C「中途半端な事しやがってぇ。はぁ……ちゃんとした豚汁が食いてぇ」
うなだれながら、隊員Cは飯盒の蓋にその応急味噌汁をよそった。
鍛冶妹「なんか隊員C、不機嫌なだけじゃなくて、ちょっと元気なくない?」
隊員C「あぁ、そりゃ当然だっつの――」
隊員Cは事の経緯を、特に特異な存在であった剣狼隊との戦いについてを、鍛冶兄達に説明した。
鍛冶兄「――勇者に魔女だって!?」
鍛冶妹「そんなのを相手に……よく無事だったね……」
隊員C「無事じゃねーヨ。俺等は生きてたが、仲間内から犠牲が出た」
隊員Cは荷台に座る隊員Dに視線を送りながら言う。
鍛冶妹「あ……ごめん……」
失言に気付き、謝罪の言葉を述べる鍛冶妹。
隊員C「別にお前が謝る必要はねぇけどよ――あぁとにかく、揃いも揃って気色悪ぃノリでイキりやがって、吐き戻しそうな奴らだったぜッ!ああいう気色悪ぃのにでくわすと、世の中はやっぱカスだなって思うのさ!」
嫌悪感を現すように箸先を中空でくるくる回しながら、吐き捨てる隊員C。
鍛冶兄「それに……人を使役獣にしてたって、なんてことを……」
支援A「あー……こっちじゃ、人間をそういう扱いするってーのは一般的なのかぁ?」
支援Aがぞっとしないといった様子で尋ねる。
鍛冶兄「冗談。少なくとも、月読湖の国ではまず使役獣に関する全てが違法だ。50年以上前にこの国が独立した時、全面禁止されたんだ。まして人を使役獣にしてたなんて……極刑、死刑は免れない。それも兵団や保安官が発見したその場で、簡易裁判で執行できるくらいの重罪さ」
隊員C「あー、まともな考えみたいでよかったよ」
鍛冶兄の説明に、隊員Cは安心というよりも皮肉気な口調で発した。
羊娘「たぶんそれ、雲翔の王国から流れて来た傭兵じゃない?あっちはまだ、法規制が行き届いてなくて、そういう文化が残ってるって聞くし……」
鍛冶兄「そうだな……向こうの内情なら、そういった組織が残っている事も考えられる話か……。実際、国外から入って来た組織団体が、摘発や逮捕される例も未だにあるしな……」
羊娘の推測の台詞に、鍛冶兄が肯定するように言葉を紡ぐ。
支援A「あー、当たり前かもしんねぇが、国を跨ぐと色々ずいぶん違ってくんだなぁ。特に、最初に降りた国と比べても、兄ちゃん達の国は割と進んでるように見えるぜぇ」
支援Aが言葉を発する。
鍛冶兄「そういえば君等、五森の公国にも陣を置いてると言ってたね」
鍛冶妹「五森の公国かぁ、昔ながらの王国って感じだよね。王様が居て、王子様やお姫様がいて騎士がいて」
羊娘「なんていうか前近代的な国のお手本みたいな所って思うなぁ。騎士隊も未だに身分や魔法偏重な嫌いがあるって聞いてるし」
鍛冶妹がおとぎ話でも読んだ感想のようなのんきな口調で言い、羊娘は国の身分制度に対して言及する。
隊員C「……同じ時代のお前らから見てもそんな印象なのかよ」
羊娘や鍛冶妹の言葉に、隊員Cは呆れ顔を作って言う。
特に異質な姿の羊娘から出た前近代的という単語は、おかしな感覚を覚えるには十分だった。
鍛冶兄「まぁ正直な話、月詠湖の国がここ数十年で急激に変化し過ぎたって言う理由も大きいけどね。月詠湖の国や、他は……剣と拳の大公国くらいかな、これらの国がむしろ異質なんだ。
最近は月詠湖の国や剣と拳の大公国に影響され、賛同する国も増えてるけど――それでもまだ、程度の差はあれど、多くの国の文化は五森の公国みたいな感じだよ」
隊員C「つまり、お前等の国はまだしも、他の国じゃあ吐き気を催す案件に、出くわす可能があるって事か」
支援A「嫌なお話だずぇ」
隊員C「そんな中で比較まともなお前等の国に入れた事は、まぁ不幸中の幸いだったかもなぁ」
愉快でない可能性に、隊員Cと支援Aは嫌な顔で言葉を吐いた。
支援A「あー、ディナー時にするにゃ愉快な話じゃあなかったなぁ――おう?」
呟きながら疾うに空になっていた飯盒を片づけようとした支援Aは、そこで隊員Dの手元に気が付いた。
支援A「隊員D。お前さん、ディナーに一口も箸を付けてねぇんじゃねぇか?」
支援Aの言う通り、隊員Dの手元にある飯盒は、全く手が付けられた様子が無かった。
隊員C「食える気分じゃねぇんだろ」
支援A「けどよぉ、なんか腹に入れとかねぇと次のバトルでもたねぇぜよ?」
羊娘「あ――あの、甘い物ならどう?エイプルのフィルトだけど」
そこで羊娘が、自分の手から下がったバスケットの存在を思い出した。小型トラックの荷台に腰かける隊員Dの前で羊娘は屈み、かかったナプキンを取り払って、バスケットを差し出す。
その中身はアップルパイだった。
隊員D「パイか――」
正直な所食欲は無かったが、差し出された以上悪いと思った隊員Dは、ホールのアップルパイから一切れを手に取り、口に運んだ。
隊員D「………」
羊娘「……」
隊員Dは黙々とアップルパイを口に運ぶ。
羊娘はそれを見守っている。
隊員D「………」
程なくして隊員Dは、一切れのアップルパイを食べ終わった。
隊員D「―――ごちそうさま、ありがとう」
淡々と礼の言葉を言う隊員D。
羊娘「ひょっとして、あんましおいしくなかった?」
しかし終始真顔だった隊員Dに、羊娘は心配になり尋ねる。
隊員D「いや、そんな事はないよ。おいしかった」
言う隊員Dの顔は、しかしやはり真顔だった。
鍛冶兄「へぇ。羊娘の作った物を食べて、顔色一つ変えないなんて意外だな」
隊員C「何の話だよ?」
鍛冶兄の発した言葉に、隊員Cが訝し気に尋ねる。
鍛冶兄「あまり褒めたくはないが、こいつは料理の腕だけは大層なものでさ。今までも結構な数の人間の胃袋を掴んで、虜にして来たんだ」
羊娘「人を魔性の女みたいに言わないでよ」
鍛冶兄の言葉に、羊娘渋い顔で返す。
鍛冶兄「食べた人は皆、やたら大げさに感激するのが恒例だったんだが、こうも淡々とした態度を貫ける人がいるとは、面白い物が見れた」
羊娘「むー」
鍛冶兄は羊娘を少しからかうように笑って見せ、羊娘は釈然としないのか頬を軽く膨らませる。
隊員C「んなことなら気にすんな。今そいつぁ酷くしんどい精神状態で、喜怒哀楽の〝喜〟とか〝楽〟が死んでんだよ。んで、食いモンに対するリアクションも薄っぺらーくなってんだ」
隊員Cは、そんな分析の言葉を発する。
羊娘「そ、そうなの……?」
隊員D「あぁ、ごめんな。せっかくくれたのに変な誤解させて。本当においしかったよ、ありがとう」
羊娘「あ、いや、こちらこそ」
隊員Dからの相も変わらず淡々としたお礼の言葉に、羊娘は戸惑いながらも返事をした。
鍛冶妹「なんか、相当きつい戦いだったみたいだね……」
隊員C「ああ、あれで平気な顔してんのは支援Aや自衛くらいのモンだろうよ」
鍛冶妹「そういえば自衛は?」
隊員C「さぁな、一応組長だからどこぞで何か――ああ、噂をしたら来やがった」
隊員Cは小型トラックのフロントガラス越しに、道の向こうから歩いて来る自衛と同僚の姿を見つけた。
羊娘(ひぇッ!なんかスゴイ人来た……!)
隊員C「心配すんな、一応取って食われはしねぇからよ」
羊娘が何を思ったのかを予想した隊員Cが、そんな言葉を発する。
自衛「人が来て早々、失礼な物言いだな。所で、見ない顔がいるな」
隊員C「コイツ等のダチだと」
自衛「ほう」
隊員Cの適当な紹介に、自衛は特段興味は無さそうな一言で答えた。
同僚「君たち」
そこへ、横にいた同僚が前へ出て来た。
羊娘(うわ、こっちはかっこいい女の人……!)
同僚のその容姿に、自衛の時とはまた別種の驚きの感情を抱く羊娘。
同僚「確か協力してくれてる、補給地点近くの民家の人たちだね?協力は大変ありがたいが、ここは安全な地域じゃない。あまり長居する事は感心できないな」
そう言う同僚の声色と表情は、ただ人に注意するというよりも、どこか女を口説くような甘さを含んでいた。
そして鍛冶兄達を安心させるためなのか、言葉の最後にフフと、どこか妖艶に微笑んで見せる。
これらは同僚が初対面や、出会って浅い人間と接するときに見せる癖であった。
隊員C「それ、もう俺が言った。承知でこいつ等はいるんだよ」
同僚「え――そ、そうなのか?」
しかし、隊員Cの横からの声に、同僚の纏っていた妖艶な雰囲気はあっさりボロを見せる。
自衛「知らん人間の前で、いちいちイキろうとするな」
同僚「んな!?私は別にイキろうとなど――」
自衛「で、お前等飯は終えたようだな。鍛冶兄ん家の方の補給地点まで、トラックが追加装備を持ってきてる。そいつを受け取るために、一度向こうまで戻るぞ」
同僚「おい聞けよッ!」
そして自衛の言葉により、同僚のハリボテの王子様ムーブはあっさり崩れ去った。
羊娘(あ、この人見た目かっこいいけど、なんか残念さ漂ってるな)
羊娘は今のやり取りで、同僚の本質に察しをつけたようだった。
鍛冶兄「ま、まぁ……あまりここに居座るのも迷惑だろうし、俺達ももう帰るとするよ」
同僚の姿を不憫に思ったのか、鍛冶兄がフォローするようにそんな言葉を発する。一方、隊員C等はいつもの事だと、残念な姿を晒した同僚に興味を向ける事すらなく、飯盒や食缶を片づけ、次の作業の準備に取り掛かっていた。
自衛「あぁ、隊員Dはいい。休んでろ」
その中で、皆と同じように次の行動に移ろうとしていた隊員Dを、自衛が差し止めた。
隊員D「はい?しかし――」
自衛「少しでも多く休め。お前には休みが必要だ」
隊員D「………すんません、ありがとうございます」
隊員C「なんで隊員Dにだけちょっと甘いんだよお前ぇは」
自衛「休みを取るべき人間を、休ませてるだけだ」
隊員Cの嫌味な言葉に、自衛は淡々と返した。
隊員Dを除く自衛等と鍛冶兄達は、鍛冶妹により設置された転移魔方陣の前にまで来た。
自衛「さて摩訶不思議の初体験と行くか」
支援A「おう?おめぇ未体験だったか?森の時に飛んでなかったか」
魔方陣を前にしてそう発した自衛に、支援Aが疑問の声を投げかける。
自衛「あんときゃ俺は小型トラックで行き来したんだ。だから、楽しみだな」
隊員C「気分のいいモンじゃねぇぞ」
隊員Cが忠告の言葉を発する。
そんな会話を交わしながら、一同はエレベーターにでも乗るような感覚で、転移魔方陣の上に収まった。
鍛冶妹「………」
しかし、待てども転移魔方陣が機能する気配は訪れなかった。
鍛冶妹「あれ?と、飛べない?」
転移魔方陣を描いた張本人である鍛冶妹が、戸惑いの声を上げる。
隊員C「んだよ、ここにきて不具合かよ?」
鍛冶妹「えー、そんなはず……」
隊員Cの皮肉気な声に、困惑の声を漏らす鍛冶妹。
自衛「しゃあねぇ、鍛冶兄と鍛冶妹はその魔方陣もう一度調べてくれるか。俺等は、先にこっちでできる作業をする」
鍛冶兄「あぁ、分かったよ」
隊員C「やれやれ」
自衛の言葉に鍛冶兄が返し、隊員Cが悪態を吐く。そして鍛冶妹を除いた全員が、転移魔方陣から退いてその場を離れようとした。
鍛冶妹「おかしいな、別に変えたりはしてな――」
魔方陣の上に居た鍛冶妹の姿が消えたのは、その次の瞬間だった。
隊員C「あ?」
鍛冶兄「え?発動した……?」
一同が驚き、あるいは懐疑的な目で見る中、少しの間をおいて、消えた鍛冶妹の姿が再び魔方陣の上に現れた。
鍛冶妹「び、び、ビックリした!いきなり発動するんだもん!」
鍛冶兄「時間差で発動した?でも、いったいなぜ?」
驚きを露わにする鍛冶妹と、疑問の声を上げる鍛冶兄。彼等にとっても想定外の事態のようだ。
隊員C「おい、発動したのは俺等が離れた瞬間だったよな?ひょっとしてこれも魔法が効くやつ、効かないやつ云々に関係すんじゃねぇのか?」
自衛「あぁ、調べる事が一つ増えたな」
隊員Cが考察を話、自衛がそれに端的に答える。
さらなる検証の必要性が、ここに発生した。